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まっとうな人を育てること

強化推進会議
うちのの宗派は真言宗智山派。長野県にあるどう宗派のを二つの教区に分けていて、私のところは松本、諏訪、伊那・飯田までの地域の長野南部教区に属している。

家庭婦人に対しての奥さんを庭婦人と呼び、年に一度講習会などを行っているのだが、今年は震災の地域で支援活動を積極的に行っている庭さんのお話を聞くことになり、少数の人にだけ聞かすのは勿体無いからと普段は住職と総代さん方中で行っている長野南部教区の檀信徒強化推進会議と合同で行おうということになった。

そして、昨日出席してきた。

宮城教区の柳津虚空蔵尊別当寶性院の庭さんである杉田史さんの講演は「東日本大震災以降の現状と私たちにできること」という内容だったのだが、震災時の映像なども使い当時から今に至る状況を含めお話いただいた。

被災地の避難所は報道こそされないけれど、役場の人間などがいない地域は俗に言うチンピラが物資を管理していて、物資は豊富にあってもそこにいる必要としている人に平等に行き渡ることがないのだという。その仕切っている人に気に入られなければ物を貰えない現状や、家が有る者と無い者との物資に関わる確執、欲しいと言えば何でももらえる状況を悪用する者など、とても子供達の手本とはならないような大人による行いなど、嫌になることが多いそうだ。
私は聞いていて「蜘蛛の糸」を思い起こしたが、あれだけ報道では絆だ、助け合いだと言いながら蓋を開ければ荒むことが貞のいい言葉に置き換えられて横行している。
悪知恵の働くものが「取りまとめて…」「平等に分配」「代表者が…」など、都合の良いように弱い者いじめをしている。
当然、こんな人ばかりではないのだろうが、被災地でなくてもこの世の中には権利や平等という名を借りた自己中が横行している。

最近、私は「ガイジ」という差別用語を知った。
障がい者のことを指すらしい。
うちの娘は支援級に在籍しているが、その支援級子からうちの子がそう言われたようで、私も知らない位だったので子供はもっと知らない。ただ、非難する意味であることは解るから当然言い合いになったらしい。
元々そう言ってきた子は原級で言わば健常といわれる子達から言われていたようで、そのはけ口にされてしまったのだけど、同じ立場のもの同士でさえ互いに比較し優劣を決め差別したがる。

なぜ、人よりも優れていなければいけないのか。
それは誰と比べなければいけないのか。
人間の価値とは一体なんなのか。

学力向上も大事だけれど、の豊かさや美しい生き方があっての学力向上を目指さなければ、昔の偏差値教育云々でゆとりへと変遷して行ったことの二の舞になりはしないだろうか。
今、人間の質が問われているように思う。
それは被災地での現状からも、そうでない身近な場所にだって考えなければならないことがある。
「どんなことができるか」ではなく「どう生きるか」ではないのだろうか。
子供が価値観を決めるのは大人の言動や行動にかかっている。
子供達に胸をはれる生き方をしたいものだ。

晴耕雨読で和顔愛語
杉田さんの活動は上のブログで見ることができます。
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プロフィール

ゆっけ

Author:ゆっけ
脳が目覚めるアート塾 アート寺ピー処 「てらーと~TERART~」の代表:池田 有希枝です。

日本臨床美術協会認定 脳が目覚めるアート塾講師
臨床美術士3級
諏訪市の臨床美術士集団「SUWART(スワート)」会員

ここは、臨床美術を体験できる寺です。
静かな山寺で過ごすアートな時間。
美術の苦手な方も小さいお子さんから大人まで楽しむことのできる臨床美術独自のアートプログラムで脳も心もいきいきとしてみませんか。

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